今日、3月7日は私の誕生日。 
そして父の命日でもあります。
ちょうど20年前の今日、肺がんで亡くなりました。

私と同じ大学病院で、何回か入退院を繰り返していましたが、
最後に入院したのは亡くなる一週間前。 
最期は家で・・・と、望んでいた父でしたが、自力で痰が出せなくなった苦しさ
から、観念しての入院となりました。

市の肺がん検診で見つかったときは「小指の爪の半分くらいの腫瘍で初期」
と 言われていましたが、開けてみたら、レントゲンやCTには写らなかった
小さいガンが、肺にびっしりと広がっていました。
半年と言われた余命でしたが、
後半は寝たきりだったけど、何だかんだ5年も経っていたので、
まさかその入院が最後になるなんて思いもしませんでした。

入院して、呼吸をラクにするために喉を切開したり、痰を自動的に出す機械?
を付けたりしたせいで、ずいぶん元気になったように見えた父でした。

入院して5日目。  亡くなる前日。
寝てると思っていた父の顔を覗き込んでいたら・・・


    まだ逝かないから、そんなに心配して見てなくていいよ。
      本でも読んでなさいよ。

    な~に言ってんの! そんなこと思ってないよ!
      お父さん、明日あたしの誕生日だよ。

    そうか・・・ じゃあ頑張らないとなぁ。

    そうそう、ガンバッテ!


父の言った「頑張り」が、切実なものだったことに気づかず、
冗談半分で笑い飛ばしました。

でもこの後、母と二人きりになったとき、
歩けるならベッドから下りて、その窓から飛び降りたい。
更に、回診にきた主治医に
先生、頼みますから、もうラクにしてください。
と、何回もお願いしたそうです。

それまでの5年間、一度も痛い・苦しいなどの弱音を吐いたことがない父
だったので、相当辛かったんだと思います。  
次の日は、私と妹の前でも主治医にお願いするほどに・・・

そして、母と私と妹と、もちろん父本人も・・・
「心臓を止める薬」といわれる物が点滴の中に入るのを見届けました。

辛い決断でしたが、父も私たちも、みんな決して負けたんじゃない。
父の尊厳死に、みんなで勇気を出したんだと、今でも思ってます。


父は新潟の工業高校を卒業後、建設省(今の国土交通省)に入社。
ずっとそこに居れば安泰だったのに、東京タワーの建設や東京オリンピックの
際に、建設業の美味しさを目の当たりにして退職し、工務店を開業。
もちろん、いいときは長くは続かず、借金が重み・・・
私たち家族は、黒塗りの車でやって来た、怖~いお兄さんたちに脅かされる
ことも何回か。
私の中学の入学式の前日には、夜逃げ同然の引っ越しも。
私は見知らぬ土地で、友達が一人もいない学校で、私服で入学式に出席。
「バカと利口は紙一重」 と言いますが、まさに父がそうでした。

この話を息子たちにしたとき、
よく、ぐれなかったねー! と言われましたが、それどころか、私も母も妹も、
この話を聞いた夫や息子たち、妹の家族、誰一人父を悪く言う人はいません。
家族に迷惑ばかりかけてきた父でしたが、なぜか憎めない・・・

私や妹が結婚をするときも、世間一般の「娘を嫁に出す父親像」というものが
全く感じられず、ちょっと拍子抜け。
それでも、なぜか愛情を感じさせる父でした。


父の葬儀のときに、
誕生日が命日なんて可哀そうにね・・・
と、何人かの叔母やいとこ達に言われましたが、私はむしろ特別の日を共有
できたようで嬉しかったです。
でも、私が産まれたとき、まさか33年後の同じ日に自分が死ぬなんて・・・
父は予想もしてなかっただろうなぁ。

それからしばらく経って、夫が言ったこと。
オヤジがおまえのこと
あの子はしっかりしてるようだけど、本当はそうじゃないから、よろしく頼むよ。
って、俺に言ってたんだよ。

ふふふ・・・
お父さん、そんな普通の父親みたいなとこあったんだ。
死んでからわかるのって、ちょっとズルい・・・


今日は、父が好きだったネクターを買ってきて一緒に飲もうと思います。
一応、誕生日なので



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2013.03.07 Thu (00:25) l 17.日常のいろいろ l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

おめでとうございます!
ちょっとすぎちゃったけど・・・おめでとうございます!!
そして、お父様のお話。ジーンときました。
きっと、天国でお祝いしてくれていますね!
すてきな1年になりますようにe-266
2013.03.08 Fri (00:05) l mama311. URL l 編集
ありがと!
ジーンとしましたか? (笑)
今も、私の誕生日も自分の命日も忘れて、お気楽に好き勝手してるような・・・
でも、もしかしたら最後は私たちのためだったのかな・・・って、
記事を書きながらちょっと思いましたv-478
2013.03.08 Fri (09:16) l サザン. URL l 編集

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