52歳の主婦です。
高校の同級生だった夫と19歳で結婚し、20歳で長男、22歳の時に次男を出産。
息子たちはそれぞれ独立し、現在は夫との二人暮らしです。

健康だけが取り柄で生理痛とも縁がなく49歳で閉経。
ところがその1年後に子宮がんが発覚。

2011年2月に子宮体癌で広汎子宮全摘出術を受けました。
術前の診断は1b2期でしたが、術中のダグラス窩腹腔細胞診で陽性反応が出たため、術後のステージは3a期に変わりました。

2011年秋にガイドラインの見直しが検討され 「腹腔細胞診陽性は腫瘍が子宮内にとどまっている場合予後不良因子にはならない」 となったことから、このステージは気にしなくて良いと言われましたが、念のため化学療法(TC法6回)は追加治療となりました。
2011年7月25日に6回の治療が終わり、現在経過観察中です。

転移・再発の不安はもちろんいつも頭の片隅にありますが、とりあえず目の前の排尿障害や、尿管狭窄のために留置している尿管ステントの問題と対峙しているところです。

告知されてからネットで病気のことを調べたりはしていましたが、闘病のブログに出会ったのは術後半年も経ってからでした。
いろいろな学会の専門的なHPより、同じ経験をされた方のリアルな言葉がとても参考になり励まされました。
ただ、同じ病期・症例の方が少なかったので、私の経験も少しは誰かの役に立てるんじゃないか?
そう一大決心をし、ブログを始めることにしました。

現在術後1年以上も経っているので、メモや友達に送ったメールなどを読み返しながら記事を書いているところです。
リアルタイムで投稿できるのはいつになることやら・・・
(追記 : 2012年11月1日より、リアルタイムで書いてます)

間違った表記や解釈など、多々あるかと思います。
申し訳ありませんがどうか大目に見てください。





ハンドルネームはず~っとファンクラブに入っているサザンオールスターズから。 
ブログタイトルは大好きなミスチルの中の一番好きな歌からつけました。 
(贅沢をお許しくださいませ @^^@ )

この歌のように、いつでもどんな時も微笑んでいられたら・・・


もし僕がこの世から巣立って逝っても
君の中で僕は生き続けるだろう
そう思えばなんとかやっていけそうだよ
そう、だからいつも いつでも微笑みを



18年前に父を亡くした時、とても辛かったのですが日常生活はおかまいなしにやってきました。
そして哀しみは少しずつ消え去り、いつの間にか笑ってました。
でもちゃんと心の中には父がいる。
命ってそういうもんなんだなぁ・・・って思ったんです。

だから万が一私がそうなったとしても (病気に関係なく)遺された人はそれなりになんとか生きていく。
そう思えばその時がきてもバタバタしないかな。
そうであってほしいなあ。

そういう想いを込めてタイトルにしました。
                                                      
                                   2012年8月1日(水)

  

2011.01.01 Sat (00:00) l 1. はじめに l コメント (10) トラックバック (0) l top
2011/1/2

2010年の夏頃から水っぽいおりものが出るようになりました。

その半年ほど前に生理が閉経していたことと無色無臭だったことから、おりものではなく尿漏れと思い込んでいました。

けれどその量はだんだんと増えていき、秋にはおりものシートからナプキンに変えるほど。 
それも1枚から2枚へ、取り替える間隔も日増しに短くなっていきました。

子宮がんも疑いましたが他には全く自覚症状がなかったので、やっぱり尿漏れと勝手に自己判断。
この状態で半年も放置してしまいました。

暮れにはネットで尿漏れの手術のことばかり検索してました。



2011.01.02 Sun (00:00) l 3. 発覚~手術まで l コメント (2) トラックバック (0) l top
2011/1/13

お正月休みも終わり普通の日常に戻った頃、
お風呂でからだを洗っているときに少量の出血。

どこからの出血? と思いながらも
直感で一番疑わしい膣に恐る恐る指を入れてみたら・・・

何か硬いものに触れました

軽く触れただけなのに、出血と一緒に小さな黒い塊が2つ
排水溝にコロコロと流れて行きました。

この時の衝撃は一生忘れません。
私は自分のガンを自分の手で触ったのでした。

もちろんこの時は、それが子宮にできたガンだなんて思いもしませんでしたが。



追記  
この日からちょうど2年後の記事です。 



2011.01.13 Thu (00:00) l 3. 発覚~手術まで l コメント (2) トラックバック (0) l top
2011/1/14

昨夜の出血はその時だけでしたが、ちょうど仕事が休みだったのでやっと病院に行く決心を。

あの塊を触っているのに、尿漏れだったら泌尿器科?婦人科?
と、まだ迷っていた私。

とりあえず婦人科が無難かなぁ?と、近所にできたクリニックへ。
産婦人科なので、おなかの大きい若い妊婦さんばかり。 
すごく場違いなところに来てしまった感覚でした。



問診のときに無意識に尿漏れをアピールしたけれど、そんな浅はかな抵抗も虚しく内診は免れず
ブルーな気分で下着を取り、28年ぶりにいざ内診台へ!

でも気分はブルーでしたが、この内診台には感動
腰かける部分が低い位置にあり、電動で上に上がる仕組み。
しかも上がるにつれ、ももで固定された足が自然と開いていくのです。
思わず 「キャーっ」 と言いそうになりましたが、いい歳してみっともないので抑えました。

昔と違って進歩してるんだなぁ・・・ 
と感動したのも束の間、次の瞬間には昔と何も変わらないクスコの痛み。
生温かいものがおしりを伝い、出血したのがわかりました。


Y先生  
子宮にできものがあって、ちょっと触っただけでかなり出血したのでガンの疑いもあります。 
良性か悪性かはわからないけど、どちらにしても手術して取ることになるでしょう。 
〇〇大学病院にFAXで紹介状を送っておきますから、明日の朝、一番で行って下さい。



尿漏れがあっけなく子宮がんの疑いに変わった瞬間でした。
そして「疑い」ではないことが空気で読めました。



3人に1人がガンの時代。 
珍しい病気ではないけれど、命に直面する怖い病気。

「もし自分がガンと告知されたらどんな風になるかね~?」

と、この頃よく友達と話してました。

私は自分の予想通り、とても冷静に受け入れていました。
もちろんショックだったけれど、遂にきたかあ・・・って感じでした。
「いつかは私も」 という覚悟が自分でもびっくりするくらいできていました。

それよりも、入院になった場合の掃除・洗濯・食事の支度といった家事の心配。
28にもなって私に起こされている情けない次男の心配。
この期に及んでの自分の几帳面さを異常に思ったほどでした。



2011.01.14 Fri (00:00) l 3. 発覚~手術まで l コメント (2) トラックバック (0) l top
2011/1/15

昨日とは違い、今日は体の中にがんがあるとわかっての受診。

自宅から車で15分という近さもありましたが、17年前に肺がんで亡くなった父が治療を受けていた病院でもあったので、大学病院とはいえ、わりと身近に感じていました。

後にも先にも、たった1度だけ人間ドックを受けたのもこの病院です。
あれから5年も経っているのに “異常なし” が継続してると過信して・・・
それっきりだった愚かな私。


診察室に入ると、U先生という若い女医さんの姿
女医さんというだけで和んだので、相当緊張していたんだと思います。

昨日のクリニックを再現したような問診のあと、内診に。
昨日と同じくロボットに持ち上げられていくような内診台。
モニターが右の足元にありましたが、それを見る余裕はなく・・・
「早く終わって~!」 と、ひたすら耐えるだけでした。
後で足がだるくなるほど力を入れていたようです。


U先生
子宮の入り口を腫瘍が塞いでいて、触るとボロボロと塊が落ちてくる状態です。
それを取らないと奥の体部の方まで見ることができないのですが、無理をしなくてもMRIとかでわかるので、この後さっそく検査に行ってください。
検査の結果が出てみないと何とも言えませんが、腫瘍の形からガンに間違いはないと思われます。
良性の場合はつるんとした物が多いのですが、サザンさんの場合はカリフラワー状になっていて、この形状だと悪性の確率が高いです。



やはりガンに間違いないという診断。
このときもショックはなかったけど、“カリフラワー状” に鳥肌が立ちました。


この日はMRIの他に採血、採尿の検査もしました。
MRIは40分くらいかかりました。 
工事現場で意味のないヘッドホンをつけているような不思議な検査。
それにしても、体の中を映すのに何であんなガーンガーンとした音を出すのでしょうか?
テレビで見たことのある筒の中で・・・ 40分という長い時間の中で・・・
自分が病人であることを再認識させられた初めての検査でした。

17日(月)にCT、19日(水)に全ての検査の結果を聞くための外来予約が入りました。


家に着いてすぐ、U先生に言われた通り止血のガーゼを取りました。
ガーゼといっても包帯のように細く長~いものでした。
これでもかっ! というくらい出てきて怖かったです


手術に備えて鉄剤(フェルムカプセル)が処方されたのでこの日から服用。

造影剤の副作用か、夜布団に入るまで頭痛が続いていました。




2011.01.15 Sat (00:00) l 3. 発覚~手術まで l コメント (0) トラックバック (0) l top